自死遺族として生きる

人生は修行かな。

供養って

供養って何?
亡くなった人の為にするのか。
遺された人が心の拠り所にする為にするのか。


私の住んでいる地域はとても旧習深い田舎。
菩提寺のお坊さんに頼み葬儀するのが慣例。


だが私たちはその慣例を破り
息子の大学の近くの葬儀屋でひっそりと葬儀を行った。
宗派は菩提寺と同じにしたが。


四十九日法要もしない
納骨もしない
新盆もしない
一周忌もしない。


なんの供養もしない。
しない、ではなく、する気が起こらない。


夫は息子が亡くなった時点で
神も仏もない
何も信じられないと言った。
私もそう思った。


何で息子なのか。
何で19歳で亡くなってしまったのか。。。


じゃあ、このままどうするのか。
夫が亡くなった時一緒に息子も納骨してくれと言う。
私が先に亡くなったら、と聞いたら
納骨はしないで置いておく、と。


周りでは
ちゃんと供養しないと息子が可哀そう
成仏できない
いろいろ言われる。


でもさ、死んだらどうなるか
生きている人間は誰も解らない訳で。


仏教はもともとお墓というものはなく
中国で先祖供養の思想が入り
そのまま日本に来た。


そんなことも解らず
既成概念を押し付けると息苦しい。


息子を亡くした私たちに追い打ちをかける。


息子よ、ごめん。
世間一般のようにしてあげられなくて。。。


でも、誰よりも愛しているよ。
昔も今も、これからも。