自死遺族として生きる

人生は修行かな。

亡くなった人に対する儀式は・・・

先日、心療内科受診で医師と話をした。


私 「息子が亡くなって、お葬式はしましたが、後は何もしていません。
   四十九日法要、納骨してないし、新盆、一周忌もしないと夫は
   言っています。私も何もする気力がありません。そうすると回りの
   人から、息子が可哀そう、成仏出来ないなど色々言われて
   そのことで滅入ってしまいます。。。」


医師「そのような事は亡くなった人の為にすることではないです。
   生きる人の為にすることです。だからやりたくなかったらしなくて良いし
   それだからと言って息子さんが成仏出来ないと言うこともありません。
   回りの人の言うことは聞き流して、したいと思った時すれば良いし
   何もしなくてもそれは自由です。
   東日本大震災で家族を亡くされた患者さんも納骨していないですよ。」


そうか。なるほど。確かに。亡くなった人に対する様々な儀式は
生きている人の為にすることなんだ。
悲しみを紛らわしたり(紛らわすことは出来ないけど)
集まって故人を偲んだり、お墓を建てて心の拠り所にしたり。
当の本人は亡くなっているのだから、遺された人の為にすること。


聞き流すことはなかなか出来ないけれど
少し気が楽になった。


だが、亡くなった息子の儀式が出来ないのは
自分も夫も相当ダメージを受けていると思った。
旧習深い田舎に住んでいるので、昔からの風習が根強く残っている。
それなのに、何もしていないから。
していない、ではなく出来ない。
年老いた両親がいるのに、それより先に息子のことは何も出来ない。


私の住んでいる地域は新盆は8月のお盆。
そして、9月が一周忌。


息子が亡くなった月が近づいてきている。
気分も落ちることも多くなった。


なんだかなぁ。。。
虚しい。。。。